長き冬の終わりを告げる桜花のようなキリストの訪れ
アダムからキリスト誕生以前までの旧約時代。
それは人類にとって長く寒い冬のような時代でした。
神との関係性の途絶と主従関係の旧約時代において人々の希望はキリストが来ることでした。
そう、まさに日本人の我々が桜の開花を待ち望むようなものだと感じます。
待つ心というものは不思議なもので、待つことによって人はその価値をより感じるようになるのではないかと思います。
昨今はAmazonでポチッと注文すれば明日には商品が届く時代。
それに比べて4000年、2000年とキリストを待ち望んだ心というのはいかほどか。
それでも待ちに待ったキリストが誰なのか分からなくて殺し、投獄するのだから人は無知で愚かだと言わざるを得ないのかもしれない。
それでも許し、愛してくださるから神様は神様なのだと感じる春の夕暮れです。
さあ、4月が始まりました。
希望の季節、喜びと感謝で日々を過ごしましょう。
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