神様を疑った宣教師〜信仰が揺れた時こそ祈る時〜

祈り

詩篇145篇14節

主はすべて倒れんとする者をささえ、すべてかがむ者を立たせられます。

 

これは日本に福音を伝えるためにアメリカから来日したある宣教師のお話です。

ずいぶん長い間日本で暮らしていたために、日本語もとても上手で、日本人の気持ちも良く理解できるので、大勢の人から慕われていたそうです。

元気で明るい奥さんは、日本人の奥さんたちの間でも人気者で、宣教師ご夫妻は、とても楽しそうに神様のために働いていたそうです。

 

大勢の人がこの宣教師に導かれてクリスチャンとなりました。

いつもにこにこ優しい笑顔を浮かべているので、苦しいことや悲しいことは何もないように思われます。

ところが、教会の集会で賛美歌を歌っていたところこの宣教師の心にこのような考えがふっと起こったそうです。

「神様は本当にいらっしゃるのだろうか」

 

そのような神様に対する疑念の思いに宣教師自身が驚きました。

「自分は、この神様を伝えるために日本まで来たというのに、どうしてこんな気持ちになったのだろう。何というみじめな宣教師だろう」

と情けなくて涙がぽろぽろ頬を流れたそうです。

 

しかし、この宣教師は後にこう語っています。

「私は、そのとき、とても疲れていたのかもしれません。

疲れた心に悪魔がささやいたのかもしれません。けれども神様は、私を慰めて新しい勇気と信仰を与えて下さいました。

がっかりしたり、神様を信じられないことがあったとしても、『私はもうだめだ』とあきらめないで、神様を見上げて祈りましょう。

信仰は、疑問を抱いたり失敗したりしながら、死ぬまで成長するものなのです。」

祈り

疲れている時、信仰に迷いが生じた時、そのような時こそ私たちは一層神様に祈り、神様と向き合うべき時なのかもしれません。

 
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