[放蕩息子のたとえ②]放蕩の末、本心に立ち返り父のもとへ(おまけ:いなご豆とは?)
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放蕩の限りを尽くし、お金を使い果たして、食べるに窮するようになった弟。
行く宛もなく、ある人のところに身を寄せて豚の世話をするようになります。
豚が食べるいなご豆を食べて腹を満たしたいと思うほどの空腹の中で、遂に本心に立ち返るようになります。
:15)そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。
:16)彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。
:17)そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
:18)立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。
:19)もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。
息子は自分が父親に対して犯した不義を思い、息子と呼ばれる資格は自分にはないと思います。
そして、たとえ雇人のように扱われたとしても良いから父のもとに帰ろうと決心するわけです。
最後におまけとして。
いなご豆とは地中海地方原産の常緑樹で雌雄異株。果実は動物の角やいなごを連想させるような形をしており、熟すのに1年かかり、砂糖の代用品や家畜の飼料として使われる。
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